Essay 5 of 門脇 仁 オフィシャルサイト



ヨッちゃんと福猫




 東京・中央区の勝どきに、「平松商店」という個人商店がある。クリーニングや日用品の店だが、私にとっては勝どきという町のシンボルでもある。店がまえを見ただけではわからない地域貢献を果たしているからだ。

 店主の名は通称ヨッちゃん。私の十五年来の友人である。
 ヨッちゃんは小柄で、いつもニコニコしている。ヨッちゃんは仕事熱心でやさしく、お年寄りにはとくに親切だ。ヨッちゃんの店のまえには、スズメが種を運んできたヤツデの鉢植えがある。ヨッちゃんは船員にもらったロシアの帽子をかぶり、パイプをくわえていることもある。
 勝どきをこよなく愛するヨッちゃんは、この町の変化にとても敏感だ。景観をみだす建物や看板が嫌いで、道路工事の騒音には直接苦情を言ったりもする。
 誰とでも話すのが好きなヨッちゃん。この都会の片隅から、左見右見(とみこうみ)に世の中を眺め渡してきた。客のなかには大企業のトップもいれば、銀座のホステス、客室乗務員、元ボクシングチャンピオン、パチンコライターもいる。パキスタン人のカレー屋店主も、女たらしの英会話講師も、カナダから来たエリート研究者もいる。ある時、晴海港に停泊していたキューバ船の船員からゾウガメをプレゼントされたこともあった。「食糧用」だそうだ。あとでゾウガメを船まで返しに行ったヨッちゃんは、見まわりの警備員に呼び止められている。

 そういう種々多様な人たちを相手にしているから、ますます間口も広がり、ヨッちゃんを慕う人が増えていく。飾らない物腰で、毎日新しい感動に出会っては、ときどき私にもおすそわけをしてくれる。
 年齢は60代後半だが、繊細でピュアで熱いところは20代前半、いや永遠の少年かも知れない。

 ヨッちゃんと知り合ったのは、私が晴海に近い黎明橋のマンションにいた頃だった。当時の私はフリーになりたてで、自宅が仕事場だったせいもあり、忙しいときは誰にも会わない日もあった。そこで話相手がほしくなると、いつのまにか平松商店に行き、奥の院に座り込んでいた。店内は広くないが、ひと息つける椅子があり、商品の缶コーヒーやお菓子もある。「このあいだ、どこそこの馬鹿と口論になった」というような話をすると、奥さんが気づかってお茶を煎れてくれたりした。
 ヨッちゃんはT大学の法学部卒だが、ふだんはあまり細かい話が好きではない。雑誌や新聞のネタを受け売りすることもない。やや浮世離れしたところもある。そこで私とも気が合い、よく一緒に月島や築地の銭湯へ出かけ、サウナで話し込んだものだった。
 10年暮らした勝どきから飯田橋に引っ越してからも、私はよく平松商店を見に行く。店はいつもにぎわっていて、ヨッちゃんはいつも多くの客に囲まれている。だが私を見かけると、小一時間は話相手になってくれる。「クリーニング屋は儲かんないや」とボヤきつつ、ひきもきらぬお客さんに接しているのはまんざらでもなさそうに見える。

 さてその平松商店に、あるときからネコが暮らすようになった。
 猫種はよくいる黒のキジトラで、すこしだけアメショー(アメリカン・ショートヘヤー)が入っている。
 気性はいたっておだやか。背中をしつこく撫でまわしたりしないかぎり、およそ引っ掻いたり噛んだりしないはじめは近くのマンションの植え込みに寝起きしていたが、いつのまにかヨッちゃんの自宅兼店舗で飼うようになっていた。あまりに無防備なので、車に轢かれそうで見ていられなかったのだろう。

 ボスはどこから来たのだろうか。
 「月から来た」というスチャラカ説のほかに、有力説がひとつある。ある日、停車中のトラックの荷台にすべり込んで日向ぼっこをしていたら、車がそのまま発進してしまった。ビビりながらも身をまかせていると、トラックは豊海埠頭の手前で止った。そこで荷台を降り、トボトボと歩いてたどり着いたのが平松商店だったというわけだ。おおらかなボスの気性がよく表れた臆説だが、大方そんなところかもしれない。
 ボスははじめから体格が良かった。はっきりいうとメタボである。店で扱っている缶コーヒーの名にちなみ、ヨッちゃんが「ボス」と名づけた。平松家に引き取られてからはなおさら肥り、「ボス」は「大ボス」になった。
 大ボスはいまや、勝どきの顔役だ。恰幅がいいせいか「福猫」と呼ばれ、「手を触れた日はいいことがある」と噂が立ったからだ。タクシードライバーが長距離の客をゲットしたとか、会社員の企画が通ったとか、本当にあった「ご利益」のネタは尽きない。
 平松商店も、この招き猫が来てから客が増えた。道路の対岸のガードレールに腰かけて眺めていると、店を通る人の大半は思い思いにボスを撫でていく。外国の旅行ガイドブックにも載っているのか、観光客までがうれしそうに触っていく。
 じつはボスの噂は、ずいぶん前からメディアにも浸透している。まず「日経新聞」、次いで「読売新聞」に取り上げられ、「福猫ボス」の名は全国区になった。さらにペット界でもアイドルになり、「週刊女性」誌では「福猫ボスの貯金箱」が付録になった。これは綴じ込みになっていて、ボスの写真を切り取って立方体を組み立てる。すると「金運がよくなる貯金箱」になるという、なんとも豪勢な縁起物だ。全国の美容室で、おばさんたちが茶髪にパーマなど当てながら暇つぶしに眺めているかと思うと、わが事のように可笑しくてたまらない。

 さらに去年、ボスはテレビ東京の「モヤモヤさまぁ〜ず」にも出演した。さまぁ〜ずの二人は当初、ボスとヨッちゃんに会うのが目的だった。ところがそこへ、近所から妙なおばさんが現れた。
 「いや、このネコね、ここへ来たときはまだ、こんな小っちゃくてね……」
 誰も水を向けていないのに、おばさんは指で小さな輪っかを作って力説する。さらには遠い目で何軒か先の軒下を指さし、
 「あの日は嵐で、この子はそこんとこでニャーニャー鳴いてたんだ。それをこのご主人がね、かわいそうだからって引き取ってねえ……」
 涙を流さんばかりに語りつくす。そのうち「おまえらも泣け」とばかりに、さまぁ〜ずのパンツをずりおろさんばかりにしがみつき、直訴し始めた。これには女子アナもさまぁ〜ずも大ウケである。
 しかもどこで脱線したのか、おばさんはさっきから架空のネコの身の上をしゃべっている。ボスははじめから成猫だったから、「こんな小っちゃい」姿など見かけた人はこの町にいない。それにボスは図ぶとく、天気などおかまいなしだから、「嵐の日にニャーニャー」もチョーチンもない。世にありがちな捨て猫譚が、頭のなかですっかり出来上がっているのだ。
 ところが、そんな真偽などどうでもよくなってしまうほど、おばさんのマシンガントークは凄まじかった。番組はすかさず、猫よりもこの抱腹絶倒おばさんにターゲットを切り替えたらしい。
 結局、ボスはほんの数秒だけTVカメラに収まっただけで、体よく逃げてしまった。おばさんは一向ひるまず、さらなる舌好調でまくし立てる。今度は両手両足の身振りつきだ。
 「あたしゃね、タップダンスだって踊れるんだよ。ほら、ほら! いえね、昔テレビで見たことあんのよ。こうすんだよね、ほら!」
 おばさんはすっかりハイになり、背丈のわりには妙に長い手足を使って、宙吊りされたマリオネットのようなダンスを踊る。うしろからヨッちゃんが近づき、「おかあさん、あんまり興奮すると、また血圧あがっちゃうから……」。
 このひとコマは、かなりの反響があったと見える。年末の総集編でも取り上げられ、あらためて取材を受けた「タップばあさん」は、番組から表彰されている。
 さらにその後、今度はべつのタレントの訪問も受け、今年発売のDVD「モヤモヤさまぁ〜ず2」(Vol.12)の「特典映像」に収録された。このとき、タップばあさんはさらにパワーアップしており、やたらとカラフルなスカーフを二本ふりまわし、「二刀流だよ、二刀流!」とわけのわからぬコメントを飛ばしながら、驚異のタップを見せている。

 ダンスは済んだ……。
 全国のボスへの注目は、すべてタップばあさんに持っていかれてしまった。
 それでもヨッちゃんは怒るどころか、うれしそうに笑っている。
 その笑顔を見ていると、私もタップばあさんに長生きしてほしいと思えてくる。
 やっぱりヨッちゃんは、タフでやさしい勝どきのダンヒルなのだ。

 ヨッちゃんがお年寄りにやさしいのは、いまに始まったことではない。
 もうずいぶんまえに、ヨッちゃんはお母さんを亡くしている。そのときの懸命で献身的な介護ぶりは、隣室で物音だけを聞いていた患者が頭を垂れたほどだった。臨終の日、先立っていく母親の手をつかんで最期を看取るヨッちゃんは、げんこつで涙を拭い、声をかぎりに叫んだ。
 「母さん、まだ早いよォ!」
 同室の患者さんは、あとでヨッちゃんにねぎらいの言葉を綴り、手紙に託した。走り書きの直筆から伝わってくるのは、ヨッちゃんの孝心に対する深い尊敬と思いやりだった。
 その手紙をヨッちゃんから見せてもらったことがある。私信なので内容をつまびらかにはできないが、あらましは次のようなものだった。

 幸せなお母さんだと、つくづく思う日々でした。
 朝は早くから来院し、もう手の施しようのないお母さんに何度も何度も話しかけ、ときにわがままを言えばやさしく戒めながら三度の食事に付き添い、夜遅くまで看病を務めあげる日々……。そのうえ他の入院患者への気配りも怠らない素晴らしい息子さんだと、私はいつも敬服しておりました。
 こんなに孝を尽くされる息子さんは、おそらく世界中でもいなかったでしょう。
 大往生されたお母さんは、とても安らかな寝顔をなさっていましたね。何も思い残すことのないご臨終だったと思います。お母様のご冥福を心よりお祈りします。


 閑話休題。このように命の尊さ、人々の絆の深さを知る人が飼い主であればこそ、ボスくんは本日も幸せそうなのだ。最近はすこしやせてしまってやや気がかりだが、人なつっこいところは変わらない。
 人間の膝のうえに自分から上がることはしないのに、なぜか私の膝にだけは登ってくる。これにはヨッちゃんも舌を巻いている。
 だが理由は簡単。奥の院の椅子に座らせてもらうのは、ボスよりも私の方が先輩だからだ。ネコはテリトリーを尊重する動物である。

 最近は勝どきを訪れるたび、古い町並みがすこしずつ消えている。月島第二小学校のあたりも数ブロックが一挙に取り壊され、高層ビル群が取って代わった。四方田犬彦氏の『月島物語』や、出久根達郎氏の『佃島ふたり書房』にも登場したあの昔ながらのたたずまいを、形骸だけでも残す手だてはないものだろうか。
 ただ、どんなに街並みが変わっても失われないものがひとつある。それは地域のコミュニケーションだ。平松商店をめぐる人々の情も、平成という時代に合わせてモデルチェンジしながら、ますますしっかりとこの地に根づいているではないか。
 勝どきは晴海という外港に隣しているため、向島などのいわゆる「下町」とは違った文化をもっている。「下町」などという単純な言葉でひとくくりにされたくないという思いが、私にもある。地縁というものをあまり意固地に前面に出さず、オープンかつフレキシブルにさまざまな価値を受け入れてきたために、いまのような古くて新しい風土も築かれたのではないだろうか。
 平松商店と福猫ボスは、そんな何ともエレガントな生活文化を発信しているスポットのひとつだ。
 そしていまでも、私の心のよりどころのひとつである。

(2011.5.16)
















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