Review3 of 門脇 仁 オフィシャルサイト



  風紋 Tracings
     (Curt & Bruce)



   音楽と人と風土の結びつき




 昔むかしのことである。
 ひとりの虚無僧が、みちのくを旅していた。
 清流の土手にさしかかったとき、僧は琴の音を聴いた。
 見ればレンギョウの咲く岸辺で、吟遊伶人がひとり黙々と、十三弦をはじいているではないか。
 僧はおもむろに尺八をとり出した。伶人の奏でる筝曲に、即興で旋律を合わせてみる。
 伶人は表情ひとつ変えない。なのに伶人の奏でる筝曲は、やおらニッコリ相好をくずし、尺八をうたげの中心へと招き入れた。異類の音はたちまち融け合い、妙なる響きが無辺の空に散っていった。
 何ひとつ言葉をかわすことなく、音の瞑想にふけった二人。夕闇もせまる頃、音は消え入るようにやんだ。
 そして僧侶は人里へ、伶人は草露のむすぶ庵へと、やはり無言のままで引き上げていった。
 二人はその後、ふたたび行き会うこともなかった。

 それから数百年後。
 吟遊伶人はシカゴに、虚無僧はロサンジェルスに転生していた。
 べつべつの環境に生まれながら、魂にぴったりくる音を求めて、彼らは日本の土を踏んだ。かつてそれぞれの手になじんでいた楽器にも出会った。
 筝奏者の名はカーティス・パターソン。尺八奏者はブルース・ヒューバナー。彼らはほどなく「再会」を果たし、2006年に満を持してセッションを始めた。
 カート&ブルースはいま、邦楽をベースに比類のない音空間を生み出している。そして今度はひとときの手合せではなく、ともに長く活動し、より多くのリスナーとの「うたげ」を分かち合いたいと願っている。

 前置きが長くなった。
 すこし手前勝手に彼らのライナーノーツを綴るとしたら、こんなふうになるだろう。伶人と僧侶の生まれ変わりなどというのは、むろん私の妄想である。ともあれ和楽器が、彼らの人生を決定したことは間違いない。
 このふたつの和楽器は、いつも彼らをとりまく人と自然を結びつけてきた。さらには東日本大震災後も、日本にとどまることを彼らに決意させた。それは筝と尺八が、いつのまにか彼らの「風土」となっていたことにほかならない。

 和辻哲郎の風土論を持ち出すまでもなく、風土はさまざまなものを決定する。あちこちで鳥の鳴き声を聴き比べてみるといい。起伏のはげしい土地ではヤマドリの声も抑揚が大きいし、そういう土地では人の言葉のイントネーションも平坦ではない。

 箏曲や雅楽といった邦楽は、私も高校時代から聴いていた。
 自分の先祖をさかのぼると平教盛(のりもり)に行き着くらしいので、平家琵琶をやりたいと思ったこともある。西洋のバロックギターやクラリネットも好きだが、日本の自然に深く分け入るような情趣と野趣は、やはり日本の素材とスタイルでできた和楽器でしか味わいようがない。

 たとえば筝は、たいがい桐(きり)の木でできている。弦を弾いた音が胴にぶつかると、森林の冴え冴えとした空気のように屹立したり、かすかなエコーを響かせたりする。弾(はじ)くだけでなく、弦を擦ったり叩いたりする音は、耳をピンと立てて周囲をうかがう小動物や、石を打つ鹿脅し(ししおどし)なども思わせる。
 尺八は竹でできている。息が通り抜けるとき、笹の葉ずれのような音を立てることがある。しなやかな竹の成長さながらに伸びゆくサステイン(持続音)もある。つづら折りにくねった山道や、さざ波の曲線のように揺れ動くビブラートもある。鋭く短く舌で発揚される音は、ときに大気をつん裂く刃(やいば)ともなる。
 そんな二つの和楽器が出逢うと、音楽の奥行は10倍にも、100倍にもなる。風になびく竹林や、山あいの深い谷。広大な穀倉地帯にひろがる緑色の稲穂。ひとつひとつの音がそれらを立体的に再現し、あたりの空間を日本の「風土」そのものに変えてしまう。

 カート&ブルースの「風紋 Tracings」は、そんな魅力をもったアルバムだ。
 彼らはアメリカ出身だが、彼らの音楽は洋風に味つけされた邦楽ではない。日本の感性と伝統に骨の髄まで浸った、彼ら自身の邦楽とオリジナル音楽である。彼らにとって筝と尺八は、表現手段であるだけでなく、彼らの生きる空間そのもののようにも思えてくる。

 たとえばアルバムの8曲目に、「カタクリの花」という小品がある。
 朗々と歌い上げるような尺八の旋律に、メジャーセブンスを多用したやさしく透明感のある筝の和音が絡む。流れる筝のアルペジオに乗って、尺八のフレーズが繰り返されるところでは、野に吹きわたる風や、足を止めてカタクリを見つめる人間のまなざしの変化までが感じられる。可憐で多彩なカタクリの表情は、スライドショーのように次々とクローズアップされていく。
 この曲を作曲したブルースは、よくライブのMCでカタクリの話をする。彼は旅先の福島で、光のどけき春の日にカタクリの群生と出逢った。こぼれんばかりに咲きそろったカタクリは、息を呑んで立ち尽くすほどみごとだったという。
 こうして彼らのいくところ、目にする風景のすべてが彼らの音になり、刺激に満ちたサウンドスケープとなる。ちなみに「カタクリ」という言葉そのものも、聴覚をくすぐられるようなおもしろさがある。それはふだん使っている母語にかかわりなく、誰もが感じる興趣であるにちがいない。

 このカタクリの群生の話を聞いたとき、私は自然保護の父、ジョン・ミューアがヨセミテ渓谷で野生ランの大群落を見たときのエピソードを思い出した。
 スコットランドの厳格な福音主義長老教会信者の家庭に育ったミューアは、父親の教えを守り、敬虔でよく働く若者だった。だが29才のとき、工場での作業中に失明寸前の大けがを負った。幸い、奇跡的に完治して視力が戻ったとき、彼は自分がこれまでに見たかったのは「自然の美」だったことに気づく。
 これが人生の転機になった。長期の休暇を取って旅に出たミューアは、1868年、彼の放浪の旅のなかで最も美しい原生自然を目にしたのである。

私の足元には、カリフォルニアのグレート・セントラル・ヴァレーが横たわっていた。平らで花に覆われて、澄んだ日の光の湖のようであった。……この広大な金色の花壇の東の境界からシエラが力強く立っていた。高さは数マイルで、きわめて荘厳な色をした輝きを放っていた。それは光をまとっているのではなく、何か天上の都市の城壁のように、全体が光でできているように見えた。             
(須藤自由児訳)


 こうしてミューアは、のちにアメリカの自然保護団体、シエラクラブを立ち上げ、ヨセミテ国立公園の設立にも大きな役割を果たすことになる。
 一方、カートの先祖も、ミューアと同じくスコットランドのプレスビテリアン(長老派)だと本人から聞いたことがある。だが私はそれを知るまえから、カートとブルースの音楽には、ソロー、ミューア、エマーソン、レオポルドといった一連のアメリカ自然思想家たちの影響があると思っていた。
 アメリカ人で自然を愛する人たちのなかには、ときどきエマーソンの詩を暗唱できるような人たちがいる。カートとブルースの物静かで落ち着いた話し方やふるまいにも、私はそういう感性や「環境知性」のようなものが宿っていると感じていた。こんな誉めそやし方をされるのは、本人たちにとってはいささか窮屈だろうが。
 なお、環境思想史についてはべつの機会に述べるが、ミューアらのアメリカ自然保護思想の系譜は、「環境ディスコース」(Environmental Discourse:世界の環境思想の大きな源流)のひとつを形成している。もうひとつの流れは北欧にあるといわれている。

 さて、カート&ブルースの音楽が日本の風土にしっかりと根を下ろしていることは、1曲目の「ディープ・フォレスト」からもわかる。深い森をテーマにしていながら、こんなに明るく透明感のある曲はめずらしい。ふつうは深い森というと、「グリーンスリーブス」のようなマイナー調になる。ところが「ディープ・フォレスト」では、旋律が軽やかにロンドを舞っている。
 これは明らかに、日本の森をモチーフにしているからだろう。針葉樹の多い日本の森は、日光が地面に届きやすいため、広葉樹の木陰で鬱蒼としがちな西欧の森にくらべて明るい。風土とアートの相関的なつながりは、こんなところにも表れる。
 それとは対照的に、荘重な短調だが、アップテンポ部分では緊迫感と高揚感を漂わせているのが、カートの師匠の沢井忠夫の手になる「上弦の曲」。日本特有の「間」(ま)をしっかりと保ち、このような大作を一糸乱れず演奏しきるところは、ともに一流邦楽家であるカートとブルースの真骨頂だ。

 余談だが、私がカートと知り合ったのは7年ほど前だった。
 カートと私は1才違いの同世代である。カートの出演するライブを私が聴きに行ったり、私の親しい人たちのつどいにカートが来てくれたりする。私の運転するレンタルクルーザーで、一緒に海へ出ることもある。
 カートを知る人は皆、彼の誠実で奥ゆかしい人柄や、男性的でありながら繊細な気づかいを稀有のことのようにいう。だが本人にとっては、あたりまえな所作の一部だったりするのだろう。それはすべて、ソロアルバム「音の輪」にも表れた彼の人間性や、音楽的なうつわの大きさにも通じる。

 音楽を一生の糧にしたいと思い、一途に打ち込んでいた時代が私にもある。それを果たし得なかったのは、慢性喉頭炎といった健康上の理由にもよるが、次々と価値観の転換期にぶつかり、やりたいことが変わってしまったということがある。
 だから、人生の航路をひとつに定め、風を切っている人を見ると羨ましくなる。また、そうした生粋のものを持っている人を、私は見抜くことができる。自らの忸怩(じくじ)たる思いが逆に幸いして、目利きが鋭くなっているのだ。
 そういう目で見ても、もちろんカートとブルースは本物である。また私自身も、音楽のつぎに「言葉」という表現手段へのこだわりを貫いてきた点では、それなりに自分らしい生き方をまっとうしてきた。そう自分に言い聞かせることで、まぶしい彼らの生きざまとも対等に向き合えるようにしている。

 さて、カート&ブルースは結成以来、しばしば東北の地でライブを行ってきた。彼らが東北を「私たちの音楽を育んだ風土」と呼ぶゆえんである。アルバムのなかにも、福島の美しい自然を謳歌した曲がいくつもある。
 3月11日の東日本大震災にともなう津波や原発事故の被害で、周知のように東北の被災地は大きな痛手を被った。そこでカート&ブルースはこのほど、彼らの音楽のルーツともいえる東北への恩返しとして、被災地を演奏訪問することにした。
 これに先だって、本サイトのインフォメーション欄でもお知らせした”Send Off Live”(送り出しライブ)は、5月22日に東京のさぬき倶楽部で行われた。ジョン・コルトレーンの「雨上がり」や、女優の金子あいさんを歌のゲストに招いての「花」(喜納昌吉)を含む10曲と、アンコール曲「ディープ・フォレスト」が演奏され、その余韻はいまも続いている。
 東京からの熱い声援も受けてスタートした彼らの東北支援ライブ。その成果に期待しつつ、心からエールを送りたい。

虚無僧の二人連れ立つ雲の峰    (泉鏡花)


 最後に、冒頭のファンタジーを読んで、彼らの即興演奏が聴きたくなった人には朗報がある。
 北米のオーカス島でレコーディングされた最新アルバム“The Orcas Takes”には、カート&ブルースのインプロヴィゼーション(即興演奏)が収録されている。すべてのナンバーが即興である。私の第一印象をいわせてもらえば、緊張感とリラクゼーションがほどよく調和し、まわりの空気を一層自由に取り込んでいる。環境や気候にインスピレーションを得たと思える部分も多く、私はまだ行ったことのないオーカス島が好きになってしまった。彼らの新しい魅力が詰まった注目作といえる。

 テレビ出演も含め、精力的な活動を続けるカート&ブルース。
 すでに邦楽の世界ではゆるぎない評価を得ているようだが、近いうちに世間的にも大ブレークするような予感がする。そのとき彼らが遠い存在になってしまわないように、いまから声を大にして恩を売っておこう。
 カート&ブルースの音楽は、世界に誇れる日本の風土です。

(2011.5.28)












Fumon.jpg



















































































































































































































Otonowa.jpg