Review4 of 門脇 仁 オフィシャルサイト




 国をつくるという仕事

     西水美恵子著 英治出版




  開発援助のビジョンと心が伝わる回想録




 この本は、世界銀行に28年間勤め、南アジア地域副総裁などを歴任された西水美恵子氏の回想録である。

 まずは忘れがたいエピソードから。
 西水さんが世銀の日本人職員リクルートミッション代表として、ワシントンから来日されたときのことだった。いまから約20年前、1992年だったと思う。東京で国際援助誌の記者をしていた私は、そのミッションを取材し記事にまとめた。じつはこのときのインタビューで、西水さんはカイロ郊外でのご自身の体験にふれられている。

 自分がこの世にあることが許せなくなるほどの不条理な貧困。それを目の当たりにしたと西水さんは語った。運命的な体験だったことは、その場の誰にも十分伝わっていた。淡々と語りながらもまなじりを決し、虚空を見すえていたからだ。
 当時、多国間でも二国間でも「顔が見える援助」の必要性が叫ばれ始めていた開発援助の世界で、そのとき私は「心が見える援助」の一端にふれた気がした。

 もちろん、途上国で凄惨な光景を目にする援助関係者は多い。だが西水さんの体験は、どうも異質のようだった。

 それが本書の冒頭で語られている、少女ナディアの死である。
 ご自身の手のなかで、ひとつの命が悄然と消えていく瞬間。まさしく自己崩壊にもつながりかねないその命の耐え難い軽さを、不条理のかたまりとして受け止められていたのだ。
 くわしくは本書を読んでいただきたい。これをきっかけに世銀に入所されて以来、著者が貫いて来た途上国の構造的貧困との闘い。およびその過程でリーダーたちと交わした対話の記録。それが本書の全容である。

 「リーダー」と一口に言っても、本書には国家元首、NGO代表、エイズと闘う売春婦、「平和のための武力」以外に貧困解決の道があると話す元過激派組織のリーダーなど、さまざまなタイプのリーダーが登場する。

 リーダーとは、官僚機構のトップに立つ人物ではなく、世界のシステムをすこしでも良くしようと、それぞれの足場で全力を尽くしている人材のこと……そんな西水さんの考え方が、本書のタイトルにも、構成にも表れている。

 とりわけ全人格を言葉と行動に託して、著者が一国の首相や将軍たちと対等にわたり合い、明日への約束を誓わせる場面には、胸が熱くなる(p.86「改革という名の戦争」ほか)。そのときリーダーたちが垣間見せる勇気、決断、闘志、怒り、笑顔、涙……これほどの思いが他者と共有できるなら、それはまさに互いの立場を超え、人間冥利に尽きるというものだろう。西水さんにしかできないことかも知れないが、若く有能な人材にはぜひ同じ道を受け継いでもらいたい。

 人間は一人ひとりが内外の国づくりを担っている。開発援助はそのことを実感させる仕事だなどといえば、軽薄や美辞麗句のそしりを免れないだろう。現地で汗を流しているのは一人ひとりのスタッフだが、主役はいつも行政組織であり、官僚機構だからだ。個人の開発マインドが政策対話を主導することはほとんどない。

 それでも構造的貧困というリヴァイアサンをまえにして、とても勝ち目のなさそうな奮闘に心血をそそぐ人々がいる。彼らが組織の大きな原動力となることもある。ガバナンスやマネジメントではなく、まさに人間一人ひとりの想いの力が国をつくりあげているという事実。その国家や組織における個人の位置づけが、「従」から「主」へと転じる瞬間だ。

 本書の多くの章で、あるときは快哉を叫び、あるときはリーダーや民衆と抱き合って涙する著者の姿が浮かび上がってくるのは、すべてそうしたプロセスではないだろうか。

 環境の視点からも、私たちが学び取るべき教訓は数多く見られる。

 たとえば90年代前半は、インドのナルマダダムをはじめとする開発問題をきっかけに、国際的な世銀バッシングが始まった時代だった。

 西水さんはこれをどうとらえていたのか。私は長年気になっていた。これについても明快な答えが下されている。

 「飢餓の呪い・ダムの呪い」という章だ。インドで書きとめられた、出張報告書代わりの旅日記が引かれている。ゴアの北東、クリシュナ河上流域をめざすヘリコプターで西ガーツ山脈の頂をひとつ飛び越えたとき、飢饉に苛まれる大地が見えてきたという。

 なぜこの州が途方もない大型灌漑・発電用ダムの夢を見るのか、分かった。しかし、ダムがせき止める湖は膨大な面積で、二百以上の町村が水没する。約40万人の民がダムに呪われ、住み慣れた土地を追われる(中略)
 開発事業評価の一環に使うコスト・ベネフィット(費用・効果)分析は、数字と数式のみでは成り立たない。分析の要は、目に見えないところにある。つまり、社会が事業の効果と費用に対して抱く価値観だ。コストが社会倫理上高すぎれば、効果がいくら良くても施行すべきではない。民主主義とはいえ、政府の判断が正当だとは限らない。その是非を、五体六感で感じ取らねばならない(中略)
 5月17日。十年以上昔に移動した村の善男善女が、代々この地を治める不在地主の館の庭を埋めていた。次から次へと話してくれる悲痛な体験に、胸が引き裂かれる。「印紙税だとだまして、補助金の半額を役人に取り上げられた」。「無識字の我らのためにと、政府が弁護士を遣わした。補助金受け取り代理人の証明書だと言われて拇印を押した。弁護士も補助金も消え失せた」……
  彼らの言葉に悲しみはあっても怒りがない。カルマ(業)、宿命だと、あきらめるのかと聞いて返った言葉に、目が覚めた。「権力者との戦いは避けるが勝ちと知るからよ。あのダムは、私たちのためにつくられるのではない。地主のため、地主にたかる寄生虫のため。政治家や役人もその寄生虫。争うだけ損するわ」……
 5月18日。そろそろ夜明け。暑すぎて冷房が効かない。昨夜は眠れないまま、この国で世を捨てた釈迦の心を想い続けた。融資をしてもしなくても、ダムは建つ。権力者は何時までも驕り、民衆の苦しみは続く。いったい世銀に何ができるというのか……


 このような葛藤をつねに抱えながら援助の現場に立つことは、まさに命をすり減らす行為にひとしく、心身の膨大なエネルギーを消耗する。だが著者は、こうして時に痛ましい総括を記録し続けることで、「自らを励まして」いたと述べている。

 こうしたくだりは私に、同じく開発援助記録の名著である犬養道子氏の『人間の大地』を思い出させる。また、援助の費用対効果を人心が決めるというところは、日本国際ボランティアセンター特別顧問の星野昌子氏の持論もほうふつさせる。

 おそらくこの三者は、いずれも環境破壊、貧困、人口問題のいわゆる3P問題に対し、ときに無力感で打ちひしがれそうになる個人の顔を組織の頭にすげ変えることなく、葛藤そのものを肥やしにしながら、「開発」という人間学を掘り下げてこられた点で共通している。

 さらに最終章で述べられるブータン国王、ジグメシンゲ・ワンチュク雷龍王四世の物語は、とりわけ多くの読者の共感を誘う。

 貧しさをなくす術には、わからないことのほうが多い。ただひとつ世界銀行で学んだのは、リーダーの良し悪しが決定的な差を生むという政治の現実だった。
 貧困解消は、簡単にいえば、経済成長の果実を分配すること。それを可能にする政策は勝者と敗者を生む構造改革だから、既得権益を守りたい人々に嫌われる。
 そういうとき、ビジョンあるリーダーは、必ずインスピレーションを与え、人々の目線を高めて、民意を最低公分母から切り離す。目先の損より、長期経済成長が皆の生活を潤して各々の可能性を高めることを見るよう、促す。


 著者はこれに続けて、「忘れ得ぬ人々は、頭とハートがしっかりつながり、言葉と行動に矛盾のないリーダーたちだった」とし、雷龍王四世の退位の場面を象徴的に記述して、本書をしめくくっている。

 読者にとって遠い異国の現実をテーマにしていながら、いまこの場所から未来へ向けて私たちの居住まいを正させるような力。西水さんの卓抜な筆致には、そんなダイナミズムと思いやりがある。援助関係者にも、これから国際協力の仕事をめざす若い人々にも必読の一冊といえよう。

 プロフィールによれば、著者は世銀を退職後、ワシントンとバージン諸島に住み、世界を舞台に執筆・講演その他のアドバイザー活動をこなしている。混迷の時代にあって、西水さんの言葉はこれからも多くの人にとって導きとなり、困難な状況を打開する一助ともなるだろう。

 余談だが、私の知り合いにNさんという若く有能なビジネスパーソンがいる。1年以上前、もともと開発援助に関心のあったNさんに、私はこの本を勧めた。さっそく読んで感銘を受けた彼女は、きっかけを得て昨年の夏、ルワンダとウガンダに出かけて行った。Nさんたち社会人5人が集まり、現地NGOの訪問を含むあらゆる段取りを自分たちでおこなった手作り旅行。その5人の一人が、本書の発行元である英治出版の原田英治社長だったという。

 彼らの帰国後、Nさんを通して私も原田氏と知り合った。さらに今年2月、英治出版主催の西水氏のセミナーにもお招きいただき、じつに20年ぶりで著者と再会させていただくことができた。

 まさに一冊の本が縁で、人と人とのつながりの不思議さ、楽しさをあらためて学ばせていただいたわけである。セミナー後、西水さんに駆け寄って久々のご挨拶をさせていただいた。このとき感じたのも、この本に出てくる何人かの真のリーダー同様、西水さんご自身がスケールの大きな、頭とハートのしっかりつながったリーダーだということだった。

 思えば冒頭で述べた20年前の取材の際、できあがった掲載誌を西水さんにお送りしたときも、温かいお礼状をいただいた。英語で書かれたそのメッセージは、本書に出てくる文体と同様、簡潔でとても印象に残るものだった。国際協力の現場で出会った多くの人々の写真や絵葉書とともに、それは私のレターケースにいまも保管してある。

                                (2011.7.4)












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