Review5 of 門脇 仁 オフィシャルサイト





  Aux Origines de
   l'environnement

     ピエール=アンリ・グヨン他監修

  『環境の起源へ』
    (Fayard刊)




   宇宙史から民法典まで──
   デカルトが見たかった生命秩序の体系




 「東洋人は森を見るが、西洋人は木しか見ない」という人がいる。

 ひとたびこの見方にハマった人は、すべてを「木」と「森」の二元論で押しまくろうとするからおもしろい。迷信から科学技術にいたるまで、東洋人の眼は全体に行き届き、西洋人は重箱のスミばかり突いているように言う。とくに科学については、「西洋人はアトミズム、東洋人はホーリズム」などと一刀両断にしてしまう。
 ちょっと待ってよ。それって「あいつは几帳面、こいつは大雑把」とかいうふうに、人間をふたつの型にあてはめる人と違わないよね……そう言いたくなる。

 木と森の科学論は、デカルト以来の近代西洋科学と、老荘などに代表される古代東洋思想を強引にひき比べてのものだろう。そこで言われている「西洋科学」とは、よく知られた表舞台の科学史にすぎない。
 デンマークの植物地理学者ヴァーミングや、フランスの植物学者シャルル・フラオーといった、いわば傍系の歴史を歩んだ科学者たちにもきちんと目が向けられているだろうか。彼らの打ち立てた関係性の思考、あるいは全体観の科学は、現代の生物多様性の考え方へと一直線につながってくる。そのことに歴史的な想像力を働かせている人は、意外に少ないのである(くわしくはパトリック・マターニュ著、拙訳『エコロジーの歴史』参照)

 すべての事象をひとつひとつの細かな要素に切り分ける要素還元論。確かにこれは西洋科学の王道だった。それがなければニュートン力学もなく、したがって月面着陸も木星探査もありはしない。だがもっと広く深く見渡せば、すでに19世紀から自然史(博物学)や生態学に代表される体系の科学、すなわちシステムサイエンスの萌芽があった。
 そしてこの「裏」の科学史こそが、いまは表舞台に名乗りを上げようとしている。全体の体系における思いがけないつながりを見落としていたこれまでの科学を補うものとして。
 いわば、緻密な計算を積み上げれば動かすことのできたスペースシャトルより、目に見えにくい体系で動いている地球の方が、現代でははるかに大きな謎となっている。

 前置きが長くなった。これから紹介するのは、地球と生命のつながりを起源までさかのぼって感じ取ろうとする本である。
 “Aux Origines de l’Environnement”(『環境の起源へ』 Fayard刊。邦訳未定)。2010年にフランスで出版された環境科学の本。生命と地球の躍動を伝えるカラーフォトを豊富に掲載し、宇宙史から民法典にいたるさまざまな切り口で地球と生命のつながりをわかりやすく述べた500ページの大著。
 全33章は、天文学、生物学、生態学、社会学、哲学などの各分野を代表する人たちが分担執筆している。各章は、「宇宙・物質・地球」「ガイアと気候製造機」「市場は自ら壊した生物多様性を救えるか?」「環境にはどんな権利があるか」などといった刺激的なテーマで構成される。

 こうしたバラエティー豊かな各論を展開しながら、全体としてシステム論や複雑系科学の世界を概観する形式は、いまやひとつのトレンドといってもいい。とはいえ、地球や宇宙の起源にまでさかのぼって生態系倫理を問い直す試みそのものは、わりあい昔からなされてきた。とくにフランスでは、18世紀の自然史全盛期以来、それが科学のオーソドックスな伝統をかたちづくってきたともいえる。
 もとをたどれば、地球全体の物質循環やエネルギーの流れを研究してきた人々がいる。いわゆる「生物地化学循環」である。20世紀初頭にパリで研究成果を発表したロシア人、ウラジミール・ヴェルナツキーは、その草分けともいえる人物。その伝統を裏づけるように、フランスでは昔から中学校の理科教科書にも「生命と地球の科学」(Science de la vie et de la planète)の名が見える。これは生物や物理や地学に切り分けることなく、環境をバイオスフィア(生命圏)全体のつながりでとらえる。
 いわばその延長にあり、それをはるかに壮大なスケールで展開したのが本書だ。そこにはフランスの環境本に共通の特色として、「知の伝達者」の側面がよく表れている。

 興味深いのは、まえがきでピエール=アンリ・グヨンとエレーヌ・ルリシュがこれまでの人類の進歩を「こうむった進歩」(le progrès subi)と表現していることだ。「こうむった進歩」とは何か。これまでの人類の進歩は、自ら選び取った進歩ではなく、歴史の過程で否応なく負わされてしまった進歩だという。「進歩という言葉を決して単数形で用いてはならない。人類の問題は、こうむってしまったひとつの進歩から、選び取られたいくつかの進歩へと移行することである」。

 以下、すべての章内容がこのメッセージと何らかのつながりをもって進展していく。
 広汎な中身はとても総括しきれない。そこで以下に、私が関心のある生態学史と直接かかわる部分をご紹介したい。

 まず第5章の「生態学時代の第Ⅰ期に入るため」(Pour entrer dans l’anⅠde l’ère de l’écologieque)は、世界的に知られる現代思想家エドガール・モラン氏が執筆している。章タイトルは2007年にモランが出版した書物(本書のあとがきを書いている環境活動家ニコラス・ユロとの対談を含む)と同題。内容も同書のほぼ抄録といっていい。
 天体や動植物にも霊性を見いだした神話の時代。「人間は自然の主人にして所有者」とされたデカルト以降の時代。ルソーで自然や人間の本性に目覚めたものの、それから20世紀までは自然を切り刻んできた人類(理論上も、物理的にも)。だがその後、ようやく生命体組織と生態系の複雑性に行きついたと、モランは歴史を概観して言う。われわれ人類は、まだ何ひとつ見ることができていない。なぜならわれわれの認識の方法は、人間や自然の統一性・多様性に目を向けることを阻んできたから。――モランの好む比喩を借りるなら、現代人は西インド諸島を見てジパングと思い込んだ、15世紀末の西洋人に過ぎないのである。
 では認識の仕方を変え、発展の軌道を修正するには何をすべきか。まず教育を変えることだとモランは言う。同様に政治を改め、地球規模、大陸規模、国家規模、地域規模の諸制度を創出すべきだとも言う。そして「危機の増すところでは救済者も増える」というヘルダーリンの言葉を引用しながら、脅威が近づけば近づくほど認識変化の可能性も高まると期待を覗かせている。

 第6章のジャン=マルク・ドゥルアンは、生態学史や進化論の研究者である。1991年に壮大なスケールの生態学史テキストを発表して話題になった。本書の第6章でも、ドゥルアンは主に概念的な生態学史の流れを説いている。とくに植物の進化については二人のド=カンドル(オーギュスタン・ピラムとその息子アルフォンス)を、動物の進化についてダーウィンを軸に据え、生物地理学の観点からエコロジーの発展を総括している。人間が生態系に及ぼす作用をぬきに動植物の進化を跡づけることはできないというのが、そこでのキーコンセプトである。

 第15章を担当したドミニーク・レステルは、進化論の研究で知られる。「動物の憎悪」と題するこの章でレステルは、最初に「動物への憎悪」が西洋社会の構成要因だったことを指摘する。「叩かれた犬が鳴くのは、打てば鳴り響く鐘と同じ」とするデカルトの「動物機械論」は、何のまえぶれもなくいきなり現れたものではない。古代ギリシア、中世、ルネサンスの時代という長い歴史を経て、進歩の概念の発達とともに、地層のように積み上げられたものだった。そしていま、人類は「動物への憎悪」ではなく、人類に対する「動物の憎悪」と向き合う時代を迎えた。どこかひとつでも欠ければ全体が崩壊する生物多様性の環のなかで、人類自らの存続を守るために対応を迫られている憎悪。

 巻末のニコラス・ユロによるあとがきは、すでに引用したまえがきと呼応している。
 「われわれには二つの可能性しかない。時がわれわれに急激な変化を強いるままでおくのか。それとも環境・社会・経済の争点が凝縮したこの社会を徐々にではあっても完全に統率していくのかだ。すなわち『こうむる』か、『選び取る』かのどちらかである」。

 さてこの書評も、冒頭と呼応するかたちでしめくくろう。全体観に立つサイエンスは、したがって東洋人のお家芸ではない。西洋から始まった近代科学を批判するときの「デカルト以来の近代合理主義」という決まり文句があるが、そもそもこの前提からして間違っている。
 科学史においてデカルトが果たした役割は、確かにまずは宇宙の部品として個々の要素に目を向けたことだった。だがデカルトは、その単純な総和が宇宙全体だとは言っていない。生命には個々の要素に還元しきれないものがあることをデカルトは否定しなかった。生物さえも無機化してとらえる思考態度とは逆に、無機物の集合が生み出すダイナミックなシステムをとらえようとしていた。
 だからデカルトの「要素還元主義」や「動物機械論」を批判しておきながら、それがビュフォンやルソーを経て全体観の科学につながる過程を無視している人々、はっきりと示せない人々には、認識方法を変えるための糸口はいつまでたっても得られない。

 いわばデカルトの見たかったものが、この本には語られている。それは森羅万象を統べる、生命秩序の巨大な体系である。

(2011.8.31)














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