Review6 of 門脇 仁 オフィシャルサイト






清 経

 観世会荒磯能


       心をつなぐいのちの言葉






 3カ月ほど前、蝉しぐれの観世能楽堂で「清経」を観た。
 いまはすっかり秋の暮れ。ちょうど舞台で演じられた物語の季節に入っている。「清経」の謡本にも、「今は物憂き秋暮れて、はや時雨降る旅衣」とある。
 私はこの演目から、「言葉による魂の救済」というテーマを最も印象深く受け止めたのだが、それには秋という場面設定もかなり作用していたように思える。
 死者が生前に残した思いを生き残った者に語り、胸のつかえを降ろして成仏するという「夢幻能」。その演目には、彼岸と此岸、幻想と現実、無意識と意識を結び合わせる場面がよく出てくる。それには凛として澄んだ秋の空気がもっとも似つかわしいように感じられるのである。
 自然界でも、生ある者は愛(生殖)という営みを通じて、新たな生に言葉(情報)を受け継いで死んで行く。この「生まれて、愛して、死んで行く」という循環プロセスのひと区切りとなるのが、再生のための休眠へと向かう秋ではないだろうか。
 エコカルチャーを扱うこのサイトで、なぜ能の演目について語るのかという理由も、このあたりから何となく感じ取っていただけたらと思う。

 平清経は、都落ちした平家一門の武将のひとり。平家が筑紫の戦いに敗れたあと、「敵の手にかかるよりはいっそ……」と入水を選んだことで知られる。後世、この話をもとに世阿弥が書いた能の演目が「清経」である。
 あらすじは次のようになる。
 清経の残した形見の髪を家臣の粟津三郎(ワキ)は京に持ち帰り、清経の妻のもとへ届ける。だが武将の妻が嘆いたのは、夫の死そのものではない。討ち死にや病死ならばともかく、自分を残して自害した夫の身勝手を恨んだ。そのため妻は、「見るたびに心づくしの髪なれば憂さにぞ返すもとの社に」と、形見の髪を見ることもなく粟津に突き返してしまう。
  「慰めとての形見なれども、見れば思ひの乱れ髪。別きて送りしかひもなく形見を返すは此方の恨み。我は捨てにし命の恨み」。
 その夜、ひとり泣き寝入りをする妻の臥所へ、清経の霊があらわれる。妻の恨みを聞きながら、夫もまた妻への恨みをかこつ。そして一門が敗れたあとに願をかけた宇佐八幡の神にも見放され、失意ののちにやむなく死を選んだいきさつを妻に打ち明ける。
 「世の中の憂さ(宇佐)には神もなきものを何祈るらむ心づくし(筑紫)に」
 戦さに敗れ、行く末を案じて宇佐八幡の神に願ったところ、祈ってもどうにもならぬと突き放されたので命を絶つことにした、というのである。
 それを聞いた妻はまたも悲嘆にくれる。
 「憂き音(ね)に沈む涙の雨の怨めしかりける契りかな」
 とかくするうち、死後の清経を待ち受けていたのは、「修羅道」という奈落に落ちる苦しみだった。悶える清経だったが、いまわの際に唱えた十念のおかげで成仏できたと語り、その宵をかぎりに妻のもとを去っていく。

 死者の亡霊がシテ(主役)となって自らの生を語る「夢幻能」は、「現在能」と並んで能の種別を二分する演目とされる。死者がものを言うという設定がそこまで普遍的な位置づけをもつことからして、昔の日本人にとって死がいかに身近だったかがわかる。そしてこの「夢幻能」では、死にゆく者が遺恨の念をひとくさり述べ、人と死に別れた苦しみを露わにしたりする。それを聞く役割をもったワキは、通りすがりの僧侶であったり、たまたま居合わせた民であったりする。いずれにせよシテは語り、ワキやツレがこれを聞くことによって、シテが極楽往生していくのである。
 だが「清経」はすこし違っている。死別した当人どうしがあたりまえのように顔を合わせ、千々に乱れる思いをぶつけあい、もつれた絆をほどいては結び直すような生々しいやりとりをしている。
 それはむしろ、生きて顔を合わせる日常の夫婦関係では叶うことのない心の通い合いだったのかも知れない。深層でしか共有できなかったであろう思いを、夫婦は夢とも現ともつかぬ幽玄な時空に助けられて、遠慮なく吐き出せたのである。愛しさ余ってのなじり合いと見えながら、それは互いに生の尊厳を賭した、一歩も譲れぬ押し問答となる。
 別れた魂が舫い直され、もつれた愛が問い直される。ここから見えてくるのは、たとえ夫婦であれ、親子や兄弟であれ、人間にはどうしてもわかり合えない心の領域があるということ、またそれゆえにこそ、踏み越えがたい橋掛かりを渡って託したい言葉や思いがあるということではないだろうか。

 先ほど述べた彼岸と此岸、幻想と現実の見えない結び目が、観る者を不思議な感動へと誘うのはこの瞬間である。
 そんな一瞬に出会えることが、おそらく能の醍醐味ではないかと思う。すべてが静止したように見える舞台で、聖と俗を別つ結界が心の揺らぎを呼び起こす。ただしそれをたやすく人には伝えにくいのが、能のちょっと特異なところかも知れない。映画やポップミュージックの感動なら、言葉を尽くせばどうにか誰かと感動を共有できる。それが能となると、その場にいなかった人にはなかなか伝わりにくい。
 自分ひとりの思いのなかでさえ、能楽堂で受け止めた感動を時経てからありのまま思い出すのは難しい。もしかしたら私たちが実人生で筆舌に尽くせない孤独や愛憎に苛まれたとき、どこからともなくやってきて弔いの鐘を鳴らし、心を鎮めてくれる安定剤のような記憶こそ、能の感動のひとつなのかも知れない。

 決定的に環境の違う者どうしを結ぶ情報にはさまざまなかたちがある。人間だけでなく、ときに動植物や精霊までもが能には登場し、この情報を共有し合う。これを大きな意味での言葉ととらえれば、能は「いのちの言葉」で紡がれた物語である。
 それにつけても強調したいのは、実人生でわれわれが出逢う何百万、何千万という人々のなかで、「清経」に見るように人への思いを余さず言葉で伝えることのできる機会はめったにないということだ。せっかく出会った人との間に誤解や亀裂が生じたり、あるいは初めからわかり合えぬまま別れるケースがいかに多いことか。現世を浮世(憂き世)とも呼ぶゆえんだ。
 だが人間は本来、もっと多くの人々と「いのちの言葉」をやりとりできる存在なのではないだろうか。これもア・プリオリにしかとらえにくいが、さしあたり人の話をよく聞くことで、そうした深いやりとりの間口は驚くほど拡がるはずである。かぎられた人間環境のなかでも感動を見つけ、心を通わせるチャンスは格段に増えるだろう。
 現代人、とくに日本人が人の話を「聞く」ことを忘れ、ひたすら「語る」ことにのみ血道を上げている風潮については、いずれ機会を改めて述べることにしたい。ここではとにかく、「聞くこと」が「語ること」以上に貴重な生の営みであることを強調しよう。相容れぬ立場を超えて他人の言葉にもうすこし耳を傾けるようにすれば、人間社会本来の自己修復機能、自浄能力、そして「舫いの力」といったものがもっともっと発揮されるはずである。

 能から言葉へ、言葉から自然へ、自然から社会環境へと、すこし話が飛躍してしまった。
 そんな私の個人的な感想も含めて、「清経」が私たち現代人に訴えかけてくることはまことに数多くある。それは能がいかなる時代や環境にあっても持続可能な芸術であることの証しといえるだろう。

(2011.11.13)











































このレビューは、Facebookで観世能楽堂支配人・田中敏之氏のご推奨をいただきました。




















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