Review7 of 門脇 仁 オフィシャルサイト






 ガレと北海




  ナンシーの日本人が
  ガラスの巨匠に伝えた言葉





  光を通過させる淡い色調の層。草花の文様をあしらったもうひとつの層。やわらかく折り重なって交わる色光のなかで、ここを先途とカゲロウが乱舞する。

 ガレのガラス工芸品は、日本人の美意識をつねにとらえてきた。水墨画の幽玄な趣きとは違うが、自然をモチーフとするナンシー・アールヌーヴォーには、確かに日本人の心をどこか惹きつけるものがある。
  事実、ガレの世界には一人の日本人の痕跡があった。1世紀以上も昔にさかのぼるが、その出来事を訪ねてみたい。

  エミール・ガレは1846年5月4日、フランスのナンシーに生まれた。ナンシーは鉄鋼業で栄えたロレーヌ地方の都市である。
  ガレに直接かかわることではないが、この街にはいまもENGREF(Ecole nationale du génie rural, des eaux et des forêts)というフランス有数の治水・林業学校がある。私もかねてから興味があり、パリ大学で修士論文の指導教授にENGREFのことをくわしく尋ねたこともあった。できればナンシーに住み、そこで3年ぐらい学びたいとも考えた。実際には、もちろんそんな時間も資金もなかったが、そういうモノ好きな発想をする日本人は自分だけだろうとも思っていた。
  ところが明治時代、すでにこの学校に日本政府から3年間派遣され、植物地誌学を学んだ日本人がいた。農商務省の官僚で、日本画家でもあった高島得三。ナンシーに暮らした当時は30代半ばだった。のちに画家としての雅号を高島北海と名乗っている。
 北海のことを私が知ったのは、帰国後ガレについて調べていたときだった。ナンシーでガレと出会い、ガレのガラス芸術のみならず、アールヌーボーの精神にも影響を与えた日本人。そういうふれこみで書物の行間から北海がスッと立ちあがってきたとき、おこがましいとは思いつつ、私は北海をなかば友人、なかば盟友のように感じたものだった。

  しかし実際のところ、北海は私のひとりよがりな親近感など寄せつけない賢人であり、粋人であり、それに何より先人だった。「世界の首都」と呼ばれた当時のパリにあって、彼はガレと互角にまみえるばかりか、ガレをひるませ、霞ませるほどの存在感を放っていた。また、当時にあってフランス語と地質学に秀でた異才でありながら、日本人のアイデンティティをかたときも崩さない、気骨ある明治男だった。

 いずれくわしく書くつもりだが、明治時代の森林行政には、江戸末期以来のフランスの影響がまだ強くあった。日本の国有林がドイツのトウヒ林を手本とする針葉樹の大面積単一植樹の方向へ定まっていくのは、もうすこしあとの大正時代である。
 いうまでもなく、地形の違うフランスとドイツでは、林業のあり方もまったく違う。山がちなドイツは針葉樹が主役。かたや多様な地形がモザイク状に混在するフランスでは、ドイツよりも多くの樹種が森林をかたちづくっている。
 またフランスの独特なところは、高林(針葉樹林)と低林(広葉樹林)のあいだに中林(混交林)を導入していた点である。これは19世紀の薪炭林の需要に応じるためでもあった。もちろん樹種が自然に交代していく天然更新や、低林の日照量が中林によって遮られることなども計算に入れての森林政策だったろう。ナンシーでの北海は、歴史を通じてドイツとの国境問題に揺れつづけたこのロレーヌで、森林についてそんなことも学んでいたと思われる。

 さて、たとえその身が滅びようともフランス中華思想の軍門にはくだるまいと気負っていた北海。彼はガレとどのように対峙したのだろうか。これについては高樹のぶ子氏の小説『HOKKAI』(新潮社)に、おそらくは作家の想像力もまじえた描写がなされている。
 二人を引き合わせたのは、園芸家のヴィクトール・ルモワーヌだった。北海は、ルモワーヌの紹介で初めてガレに会ったとき、日本の苔の一種である「イワニクイボゴケ」を贈り物として差し出した。
 フランス人が目もくれそうにない地味な植物。しかし日本の庭園づくりには欠かせず、日本人の美意識の底流をまさに覆っている苔。もっとも、イワニクイボゴケはお世辞にも美しいといえる苔ではない。むしろグロテスクな部類だった。それを目のまえに差し出すことで、北海はガレを挑発したのである。「あなたの考えるジャポニスムが、どの程度のものかを私は知りたい」と。
 北海は、当時のフランスで流行しつつあったジャポニスムが、いかに底の浅い日本趣味にすぎないものかを知り、とうに嫌気がさしていた。

  この挑発に対し、ガレは当初ひるんだ。また北海も、自分の態度がすこし意固地になりすぎたかと気にかけ、紹介者のルモワーヌにその胸の内を明かしたりもする。
 だが、このとき園芸家ルモワーヌが北海にいったのは核心を衝く言葉だった。少なくともガレと北海の関係にとって。ひいては西洋と日本文化のむすびつきにとって。私にはそう思える。
 「エミールは、一度嫌いになった人間しか好きにならない」(『HOKKAI』)
  ルモワーヌはそういった。こういう特権的なものの言い方は、誰しもあまり好まないだろう。ガレに好まれようと嫌われようと、彼の芸術を評価する者の知ったことではない。だが試みに「エミール」という主語を「人間」に替えてみてほしい。
 「人間は、一度嫌いになった人間しか好きにならない」
 何度か頭のなかでまさぐるうち、この言葉は世の中を、ひいては自然の摂理をあらわした名言のように思えて来ないだろうか。
 ガレと北海は、確かに一方でコマのように撥き合いながら、一方でこだまのように響き合う存在だった。そして私たちが歴史を通して知るかぎり、東西文化の出逢いも、自然観をめぐる彼我の衝突と相互理解も、おしなべてこのようなものではなかっただろうか。

 「もののあわれというのは、枯れて消えていく、という意味ではありません。いま咲き誇っている花も、すぐに散っていく。すべては時々刻々と移ろい変化していく。だからこそ、花を美しいとも感じるし、花の生命も際立ってくる。もののあわれというのは、ですから、生命を愛でる方法なんです」(『HOKKAI』)。
 ガレに「もののあわれ」を説いたとき、北海は「ついに言ってしまった」と内心で悔んでいる。パリ万博(1878年)で果敢に名声をつかんだガレと同じく、4歳下の北海もまた、上昇志向のかたまりだった。そんな北海が、近代の「進歩の思想」に抗するとも取られかねない「もののあわれ」をガレに説く。これは開国まもない近代日本を背負い、西洋かぶれになり下がるまいと気負いすぎたあげくの自家撞着ともいえた。
 しかしガレの方も、北海の言葉にたじろぎつつそれを敢然と受け止め、「もののあわれ」を独自の解釈で自分のものにしていく。

 その変化がどんなプロセスをたどったかは知るよしもない。ともあれその後、北海の説いた「もののあわれ」は、ガレのなかでガレなりに消化され、新しい「もののあわれ」に結びついていった。
 北海もその成果をいさぎよく認めた。そしてプルーヴェという若い芸術家にこう語ることとなる。
 「日本には、ワビとかサビという感覚があるけれど、(ガレのデザイン画には)それは感じない。ワビ、サビというのは質素な生活、たとえば藁でふいた屋根の家とかもっと小さな家、庵とか。食べ物も野や山や川で手に入れたもので満足する生活にしか生まれないものです。人間が大自然の一部になって漂っている感覚ですね。それはフランスにはない。石で何百年も保つ家を建てて、自然を支配しようとしてきたのですから。でもそのかわり、さっき見たガレの植物には狂気がある。絶えていくものの凄味といいますか。あでやかさでしょうね。ここぞとばかりに、生命を見せつける。でもそれも“もののあわれ”なんだと私は思う。とてもとても“あわれ”です。色を抜いた世界と、色や光を過剰に溜めこんだ世界の違いはあるが、壊れていくものの力強さは、色や光の世界のほうが大きいかも知れない」(『HOKKAI』)。

 エミール・ガレの作品には、生の祝宴がある。はかない輪郭をもつヒトヨダケや展翅類の生を、一瞬の図柄に閉じ込めたものもある。仏領ギアナの熱帯雨林をヘラクレスオオカブトが闊歩している構図もある。ときに荘厳、ときに妖艶、そのとらえ方は見る者の心境や年齢によってもさまざまだろう。
 だがどんなときも一様に感じられるのは、決してリアリズムではないのに、生命の真実に肉薄する表現力と、その根底でどのような命の焔(ほむら)も決して棄て置くまいとする、生態学者の執着にも似たねばり腰である。確かにそれは、良い意味で一種の「狂気」と紙一重だった。

  北海との交流から見えてくる、これこそがエミール・ガレの本質だと私は思っている。絶えゆくものの凄み。壊れゆくものの力強さ。安っぽいリアリズムは排しながらも、この世のあらゆる光を小さな器にとどめるため、技術の向上と自然の探究をたえまなく繰り広げた芸術家。そこにエミール・ガレの真骨頂がある。彼は植物学、海洋生物学などで多角的に自然の真理を学び続けるサイエンティストでもあった。

 エミール・ガレは白血病により、58才で死去。彼自身の生もまた、そう長いとはいえない歳月に凝縮された光の饗宴だったといえる。

 北海は帰国後、林政にたずさわりながら画業を続け、80才で死去。死後数十年を経て、「日本とナンシーを結んだ人物」としてナンシー市に功績を讃えられている。

(2012.6.5)






















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ガレの生地ナンシー










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現在のENGREF































高木のぶ子 HOKKAI.jpg

高樹のぶ子『HOKKAI』
(新潮社)











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イワニクイボゴケ










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水差し
「ギアナの森」








好かれようと気にかける.jpg

花器
「好かれようと気にかける」









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花器








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高島北海「猫に蝶図」









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