Review8 of 門脇 仁 オフィシャルサイト




映画「最初の人間」

   (ジャンニ・アメリオ監督)



カミュが生きたアルジェリアの大地と
  「人間の安全保障」について



 この映画を観た直後の2013年1月、アルジェリアで凄惨な事件が起こった。イスラム武装勢力がイナメナスの天然ガス関連施設で、日本人10名を含む人質を殺害した事件である。
 まったくもって悲痛に耐えない。犠牲者のご冥福をお祈りするとともに、遺族の皆様に心からのお悔みを申し上げたい。また、このように非道で残虐な行為がいまも繰り返されているという現実に、やる方ない憤懣と慷慨を禁じ得ない。

 さて、映画の方は、背景も年代もこの事件とは異なる。だが、奥底にある問題は共通している。
 1957年夏、主人公のジャック・コルムリはフランスからアルジェリアに帰郷する。フランスで地位を確立した作家として登場するこの人物は、原作者カミュ自身の投影である。このときアルジェリアは、植民地からの解放を叫ぶFLN(民族解放戦線)と宗主国フランスの軍隊とのあいだの戦争状態にあった。母校アルジェリア大学に招かれて講演をするジャックは、暴力を否定し、フランスとの対等な関係にもとづく共存共栄を説く。しかし、賛否の渦巻く講堂でその声はかき消され、大方の支持は得られなかった。
 失意のなか、ジャックは生まれ育った家で母に会う。ジャックは学校時代の恩師とも再会を果たす。移民としてこの地に住んだコルムリ家。父が戦死したあと、貧しいけれど母の愛に恵まれていた少年時代。厳格な祖母。ジャックの才能を見抜き、奨学金で進学することを勧めてくれたベルナール先生。そんな回想ののちに、ひとりの男がジャックよりも失意の面持ちで現れる。かつてジャックの級友だったハムッドだ。
 アラブ人のハムッドは、小学生の頃、フランス人移民のジャックを敵視していた。ジャックの回想にも、ハムッドにつかみかかられ、罵倒されたときの記憶しかない。喧嘩をして先生に立たされても、なおかつジャックと仲直りをしようとしなかったハムッドである。ところがいま、父親となっていたハムッドがジャックを呼びつけ、彼にひとつの嘆願を申し出る。テロ容疑で死刑判決を受けた息子アジズの再審理が行われるよう、著名人であるジャックからフランスの権力者に働きかけてくれというものだった。ジャックはハムッドの願いを聞き入れ、再審理のため手を尽くすが、「僕は無実ではない」という絶望的な自白を父ハムッドに洩らしたアジズの再審はかなわず、そのまま絞首刑にされる。だが彼がテロリストだという証拠はどこにも見つからなかった。
 ラジオ放送局で、ジャックはフランスのこの仕打ちに対する怒りの演説をする。
 「彼(アジス)の顔は私の祖国の顔だ。この地の犠牲者はひとつの家族のようなもの。お互いが真夜中に殺し合い、混乱する闇のなかを手探りで進む。いつか犠牲者と殺人者だけの国となり、無実なのは死者だけとなる。私はいつも公平なアルジェリアを望んできた。平等に同じ権利を受けられる国を。アルジェリアには国民にふさわしい民主的な法が不可欠である。分裂ではなく団結せよ。だがテロには反対する。通りで無差別に起こる爆発は、いつか愛する者に襲いかかるかも知れない。私は正義を信じる。アラブ人に告ぐ。私は君たちを守ろう。母を敵としない限りは。もし母を傷つけたなら、私は君たちの敵だ」……。
 ジャックの母が戦争の渦中にあってもアルジェリアにとどまり続けるのは、フランスには彼女の愛するアラブ人たちがいないためだった。

 このストーリーには、アルジェリアに入植したヨーロッパ系移民(ピエ・ノワール)、とくにコルムリ家のように、事情があってアラブ系アルジェリア人同様に貧しい暮らしを余儀なくされた人々の葛藤がよく描かれている。
 学生時代に『異邦人』や『シーシュポスの神話』を読んで以来、カミュはどちらかといえばわかりやすい作家だと私は感じてきた。同時代のフランス作家たちに比べ、その言論は理知主義に偏ることなく、実人生の苦悩や欲求を踏まえた、きわめてまともな論理と心情を貫いていると思えたからだ。悪くいえば散文的で、言葉にできない感覚的な肉声の入り込む余地がない。しかしこの映画の原作ストーリーでは、逆に良い意味で散文的なところが際立つ。灼熱の大地に膝をつけ、すべての人類に訴えかけてやまない素朴な力がある。結果、作者の意図の伝わりやすさという点では、カミュ作品のなかでも群を抜いている。
 コルムリがラジオ局で発した同胞へのメッセージに、カミュの積極的非暴力の立場はよく示されている。暴力に対して暴力で抗すれば、いつか犠牲者と殺人者だけの国となる。憎悪は憎悪によってしか報われないのか。敵対する者どうしが共有できるのは、本当に暴力という、この世で最も卑劣な怒りの表現だけなのか……。

 「人間の安全保障」という言葉が開発援助の世界で生まれたのは1993年だった。国家の安全保障だけでなく、戦争、テロ、環境問題、貧困などの脅威から個人の安全も保障すべきだという考え方である。しかしその実現については、武力を介在させるかどうかで立場が大きく分かれる。たとえば内外の武装集団を武力で一掃することは、平和維持活動という名目で不可能ではない。しかしそれもまた当事者または第三者による報復であることに違いはない。報復は報復だけを生む。それにともなう犠牲が、新たなテロ行為による殺戮や拷問といったかたちで噴出する。9・11テロに対してアメリカがおこなったアフガニスタン紛争やイラク戦争も、同様に新たなテロの原因を生む。すべての軍事紛争や暴力への対応には、いまもって5000年前のハンムラビ法典や旧約聖書に表れた本能論、すなわち復讐法の原則が適用されている。「目には目を」という単純な論理では、人間性は一向に回復しない。ここに大きな問題がある。
 といっても、ユダヤ教やイスラム教より、愛を説くキリスト教や仏教のほうが進んでいるなどと言いたいのではない。信仰によって世界がひとつになれるかどうかと問うのなら、すでに答えは「ノン」だと歴史が証明している。
 あらゆる個人は、国籍や信条や人種や性別を問わず、愛する者とともに生きる侵すべからざる権利をもっている。たとえ引き裂かれた祖国をもつ者でも、アイデンティティの崩壊なしに存在できるのはこのためである。この権利を侵す暴力に対しては、世界のあらゆる叡智を結集し、暴力以外の力でこれを封じ込めるよりほかにない。その揺るぎない決意と不断の努力が、平和的解決にいつかは結びつくと信じて。
 「もし母を傷つけたなら、私は君たちの敵だ」というジャックのメッセージでカミュが説きたかったのも、この信念ではなかっただろうか。

 想像してみよう。ヨーロッパからアルジェリアに入植した最初の人間のことを。
 埃まみれのズタ袋を肩に掛け、古びた地図を片手に、ふらついた足取りで大地を踏みしめている。「最初の人間」という意味づけを帯びてはいるものの、実在したというにはいささか輪郭がおぼろげで、儚い夢のような影。フランスの北アフリカ支配とは、そうした「影」が次第に大きな群像となり、宗主国の「影」であることを主張し始めたことによって形成されたシステムではなかったか。
 すべては個人に始まり、個人に帰していく。あらゆる国際紛争は、できることなら最小単位である個人の内面的事実までたどって対策を探りたい。だがその理想と現実のあいだには、大きな隔たりがある。あまりに大きく隔たっているため、いきおい逆の極致状態へと暴走する力が生まれる。いかなる個人の事情も委細かまわず殲滅せんとする力。最初の人間は、そうした力を肯定する論理が、入植者と先住者の双方に働いていることを知るだろう。そしてもうひとつの事実にいまさらながら気づく。この土地には故国とはべつの秩序があり、べつの正義があり、べつの神がいたのだと……。
 だが繰り返すが、互いの差異を超えて共有できるところから対話を始めない限り、あらゆる紛争は決着しない。映画「最初の人間」が現代はもちろん、将来世代にも大きくかかわる訴えを投げかけてくるのは、およそこの点だった。これからご覧になる方には、この点をぜひ一考してもらえたらと思う。

 余談だが、かつてパリやアフリカで私が出会ったアラブ系アフリカ人の友人は、日本人と同じく穏やかで、繊細で、温情をもつ連中だった。エキセントリックなことも嫌いだったし、近所で夫婦の痴話喧嘩が聞こえることさえ嫌がった。
 また今回のアルジェリア人質事件で、日本人を武装集団から命がけで救出した現地のアルジェリア人たちがいたという。彼らこそ民族や体制の差異を超え、個人の信頼関係にもとづいて共存の道を歩める人々だろう。今後求められる世界秩序の文脈で「最初の人間」となるのは、集団における正義や大義を担う者ではなく、いかなる状況でも個人の内なる真実に悖ることなく行動できるリーダーたちなのである。

(2013.1.28)












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