Essay 9 of 門脇 仁 オフィシャルサイト




きつかった! 骨折のリハビリ


なぜ注射1本で治せない?



 知らなかった。骨折手術のあとに長期のリハビリがあるってことを。
 しかもあんなにキツイなんて!

 東京に大雪の降った2013年1月15日の翌朝。私は凍った路面のうえで派手に転倒し、手首にひどい骨折を負ってしまった。
 この日は東京中で転倒事故があり、老若男女を問わず5000人以上の人がケガをしたそうだ。年齢とは関係がないというところを強調しておきたいが、そうはいっても決してカッコいいものではない。 
 道行く人に「危ないですから気をつけて!」とか、転んだ人に「大丈夫ですか!」と大声で呼びかけていた係員の人たちよ、次に大雪が降ったときは、叫ぶかわりにまず雪かきを!

 ともあれ、さっそく自宅近くの病院で手術入院。何カ所も折れている粉砕骨折だったが、名医のおかげで2時間半の手術は成功。2日後に退院。約3週間後にギプスが完全にはずれた。
 そしてこのときから壮絶なリハビリが始まった。
 「なにを大袈裟な。ガン患者じゃあるまいし!」
 そうせせら笑う方もいるだろう。ではそこのあなた。一度体験してごらんなさい。骨折後のリハビリというものは、じつに時間との闘いなのですよ。ギプスをしていると血流が悪くなり、関節がこわばってしまう。これは「拘縮」と呼ばれ、そのままにしていたら一生動かなくなってしまうのだ。
 もちろん私も知っていた。が、すこし軽く考えすぎていた。指を念入りに動かしたりしながら悠長にかまえているうちに、2週間ぐらいすぐにたってしまった。いよいよ手首に強い力をかけて屈曲のリハビリを始めようというとき、何気なくネットの情報を見ていたら、「1カ月で可動域を取り戻せなければアウト」なんて書かれているではないか。
 1カ月? あと2週間!
 一気にプレッシャーが高まる。しかも手首の可動域は、曲げと反りを合わせても、まだせいぜい30~40度ぐらいだ。
 ますます不安と焦りを感じ、主治医である女医さんに相談してみると、
 「いや、3カ月はかかりますよ」。
 リハビリを担当してくれている理学療法士さんにも訊いてみた。
 「5か月ぐらいですね」。
 何だか執行猶予みたいだが、これでひとまず安心した。
 とはいえ、リハビリの試練がそれで遠ざかるはずもない。理学療法士さんがつけ加えた。
 「でもいまのうちに、可動域はもうすこし広げておきたいですね。いつやるか。いまでしょう!」

 机のうえに手首を反らせて衝く。このとき掌と腕は90度ぐらいの角度になるのがふつうだ。ところがはじめのうちは、てのひらを机とほぼ平行にしか衝くことができない。45度ほど曲げるにも歯をくいしばり、あぶら汗を流して格闘する。とにかく信じられないほど関節が固い。
 痛みはないのだが、一度動かなくなったものを動かそうとするのは、その瞬間だけを切り取って見れば、ムリに身体を変形させているようなものである。そんなことをすると、あとでとんでもないしっぺ返しが待っているんじゃないかという恐怖感がある。
 しかも誤ってひねったりしたら、新たなケガでしばらくリハビリはできなくなる。そのあいだに拘縮が進んで、後遺症が残るかもしれない。だから大胆に力を加えながらも、細心の注意を払わないといけない。体力以上に気力を消耗する作業なのだ。

 身をすり減らすような努力の果て、いくぶん可動域が広くなる。しかし翌日にはまた元に戻っている。朝には指も硬直したり、むくんだりしているので、シンクにお湯を張り、筋肉をほぐすところから再スタート。ふたたび手首に大きな荷重をかけて昨日と同じ可動域まで持っていき、さらに新たな可動域を確保する。毎日、この繰り返し。一日に何度となく手首を曲げたり反らしたりし、薄皮を剥ぐようにすこしずつ柔らかくしていく。
 病院で使うリハビリ器具も、市販されていないので自分で作ってみた。立方体のキッチン用プラスチックケースにクッションがわりのタオルを巻き、ジョリジョリした感触のマジックテープをケースにくくりつけ、もう一端は手の甲に巻いて固定する。これで立方体をころがすようにしながら手首の内側に巻き込めば、90度の曲げと反らしができる。
 机の引き出しも使ってみた。引き出しを半開きにして、ハードカバーのスケッチブックを2冊、斜めに挿し込む。その2冊のあいだに手首を通して、しっかり固定される位置まで引き出しを奥に押し込めば、あとは好きな角度に手首を曲げたり反ったりできる。
 そんなことを毎日毎日、1カ月以上も続けた末に、ようやく手首の反らしが元のようにできるようになってきた。ただし内側に曲げる方は、すっかり元のようにはできない。朝の指の硬直も残っている。だがともあれ、日常生活にはさしつかえなくなった。
 このときの安心感たるや、たとえようもなかった。主治医の先生も、理学療法士さんも喜んでくれた。パチパチ。酒を飲んで祝いたい。だが指がむくむといけないからやめておこう。

 では、特別な動きはどのくらいできるのだろう。家に帰り、椅子に座ってギターを弾こうとした。その瞬間、肩とひじに痛みが走った。脇の下でギターを抱え込み、手首を弦の近くまで持っていく演奏ポーズが、痛くてどうしてもできない。手首ではなく、肩とひじがキリキリと痛む。
 手首を守る生活が何週間も続いていたせいで、今度は肩やひじが不自然な角度に曲がったまま、筋肉が硬直していたのだ。これもうかつすぎた。今回は転倒骨折といい、拘縮といい、肩の炎症といい、なぜかすべて「気をつけなきゃ」と思っている方向へ運んでしまった。まるで厄落としか何かのために、あらかじめプログラミングされていた出来事のようである。
 理学療法士さんによれば、50肩に似た症状だという。肩を回したり、いろいろなストレッチをためしたりしたが、痛みは本当にしつこくて、なかなか消えようとしない。その後、ギターは元どおり抱えられるようになったが、肩と腕の痛みは残っていて、3か月たったいまでも曲げられない角度がある。これは朝の指先のこわばりと同様、腰を据えて治すしかないだろう。
 ちなみにギターを弾けないあいだは、ギタレレ(6弦ウクレレ)を買って指のリハビリ用に役立てていた。ギタレレの大きさはテナーウクレレと同じくらい。これならムリなく弾けるし、おまけに私の趣味の世界が広がった。

 そんなわけで、まだ完全に復調したわけではないものの、手の動きはかなりの精度でもとに戻ってきた。リハビリに要した3か月という時間は、短いともいえるし、長いともいえるだろう。1年以上かかる人もいれば、若くて関節も柔らかい人なら数日で元通りになるケースもあるからだ。
 ともあれ、現代医学はやはりすごい。あれだけのケガをしても手術でここまで治せるのだから。だが関節の拘縮はもうすこしどうにかならないだろうか。これほど医学が進歩した世の中にあって、いまだ人間の身体がギプスごときで固まってしまうというのは、何ともうすら寒いような悲哀を覚える。手術入院は3日もあれば済むのに、リハビリはその後5か月病院に通ってもまだ続く場合がある。まして拘縮がそのまま取れない方もいらっしゃることを思うと不憫でならない。
 最近は、あとにギプスを必要としない手術方法や、拘縮を取り除く薬も出てきてはいるようだ。しかしまだ普及はしていない。拘縮に苦しむ人たちのために、注射や簡単な手術で関節が柔らかくなる日が来ることを望むばかりである。

 リハビリは何が何でも成果を出さなければならないから、私も今回はいつになく真剣勝負で取り組んだ。そのせいか、すこしずつ症状が改善されていくなかで、何だか不可能を可能にしているような、これが日々の生きがいであるかのような錯覚も覚えた。ケガや病気の苦しみは元気になると記憶から遠のくものだが、あの前向きな意欲や達成感をリハビリ後も覚えておくのは悪くない。いまもどこかでそんな気がしている。
 仕事でも、趣味でも、スポーツでもそうだろう。忘れてしまった感覚や能力を努力して取り戻すということはよくある。それらすべてを広い意味での「リハビリ」と呼んでもいいような気がする。
 そういえば、去年25年ぶりで再会した大学時代の友人も、20代の頃にやっていた5か国の外国語、水泳、ピアノ練習を最近になって一挙に再スタートした。本人いわく、いつまで続くかわからないが、いやになったらやめるだろうから、最終的に残ったものだけをずっと続けていくとのこと。そろそろ手首のリハビリのゴールが見えてきた私も、彼に触発されて新たな「リハビリ」を始めてみるとしよう。

 なお今回の骨折で、治療と看護とリハビリにあたってくださった病院関係者、入院や通院のあいだお世話になった仕事関係者、そしてお見舞いや励ましをくださった多くの方々がいる。そして忘れてはいけないのが毎日の妻の支えだった。
 全員に心から感謝している。この場を借りて深くお礼を申し上げたい。

(2013.5.6)





























































Hospital.JPG
退院直前の病床




















































guitar.JPG
愛用のギター(左)と、
リハビリを兼ねて始めた
ギタレレ(右)









※後日談:この記事から1年後の2014年1月、金属プレートを抜く手術も終え、左手首の可動域はほぼ完全に回復した。右手首とくらべるとわずかな硬さはあるので、スナップを柔軟にする運動をときどきやっている。ともあれ仕事や生活への支障はまったくない。入院中やリハビリ期間中、お世話になって方にあらためてお礼を申し上げます。